【目からウロコ!】七田式教育の代表 七田厚が語る幼児教育「その時、父は…」第24回 七田 厚
思いがけない、父からの提案
私は、小6の夏休みまで野球部に入っていました。といっても補欠で、スコアラーでしたが…。
そんな私に、父(七田眞:七田式教育創始者*)は「広島学院中学を受験してみないか?」と言いました。同級生は99%、地元の公立中学に進学するのですが、町内の知人の息子さんがそこに進学されたという話を聞いて、私に「チャレンジしては?」と言ってきたのです。
そして、受けることになり、にわかに受験勉強を始めたのですが、結局、不合格だったので、何事もなかったかのように地元校に入学しました。
高校受験では、同じく、広島男子御三家の修道高校を受験し、今度は合格。寮生活を始めた私が、夏休みで帰省した時、父は、また、思いがけない提案をしてきました。
その時、父はどんな提案をしたのでしょう?
海外留学の提案を断った私でしたが・・・
それは、「来年1年間、アメリカに留学してみないか?もし、あなたが行きたいのなら、フランスでもいいぞ」という提案だったのです。
急にそんなことを言われて、私の頭の中では、自由の女神や凱旋門が浮かんでは消えていたと思うのですが…。
仲良くなった同級生の友達と離れて海外で過ごし、1年経って帰ってきた時に、1年下の学年になるということが、その時の私には受け入れられず、「いや、その気はない」と断りました。
そのくせ、その後、パリの旅行ガイドを買って眺めたりしていたんですけどね(笑)。そして、ラジオのフランス語講座を聞くこともありました。
父のこの提案がきっかけとなり、私は、英語以外の言語に興味を持ち始め、理系の大学なのですが、開講されていた、フランス語・ドイツ語・ロシア語を学びました。
あれから40年・・・
父はまた、それから3年後、新潟の私立高校に進学した妹にも同じような提案をしたようで、彼女は高2の夏休みにアメリカにホームステイしました。
さらに、日本の短大を卒業後、アメリカの大学も卒業し、そのままアメリカに住んでいます。
弟もアメリカの大学を卒業し、アメリカに住み始めたので、私だけは日本にいる必要があったのかなぁなんて思いましたが…。
さてさて、時は流れて私が親となり、今度は長男が、当時フランスにあった甲南大学の付属高校(2013年2月に閉校)に進学することになりました。
そのおかげで、自分が高校の時に夢見ていたフランスに何度か行くことができ、父が諦めた夢を息子が叶えてくれたような気がしました。
そしてその後、長女と二男も、同じく高校からヨーロッパに留学しています。
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七田眞:七田式教育創始者
現在では、世界14か国に広がる「七田式教育」創始者。著書は200冊を超える。